2020/07/25 15:55

  先日、バイト帰りの夜、今日は惣菜でも買って帰ろうと駅前の広いスーパーに行きました。惣菜選びはいつだって本気の私は、つまり優柔不断で、生のとうもろこし1本だけ入れたカゴを片手に惣菜コーナーをぐるぐる周っていました。値引きシールの誘惑もあり、決め難いのです。たまには肉でも食べるかと、最終的に「あぶりチキン」と書かれたパックに決めレジに向かいました。あとは家にあるものでなんとかなるだろう。

 

 余談ですが、普段肉を食べることが減ったのは、去年10月に『ゲームチェンジャー』というアメリカのドキュメンタリー映画を観て菜食に興味を持ったから。影響されやすいのです。半実験的に初めの約2ヶ月はほぼ植物性(Plant Based)のものだけで生活し、良い面も実感しましたが、今は結局そのとき食べたいと思うものを選ぶことにしています。とはいえ家ではめったに肉を調理しなくなりました(排水口のヌメヌメも半減)。肉魚は外食などで気が向けばここぞとばかりにいただいています。餃子とか好きなので。当初、なんでわざわざ菜食をと聞かれると、ついついコレステロール値が云々(私は家族性でめちゃくちゃ高い)、健康云々と応えていましたが、結局のところ日常のパフォーマンスがぐんと向上するから、かなぁ。私の場合、もともと内臓の消化力が弱く、昼に肉魚を食べると夜までそのゲップが続くのが常でした。動物性を控えめにし始めて身体が楽な日が増えました。丈夫な胃腸が欲しかったけど、これも人それぞれ。美味しく気持ちよく食べるのが何よりです。

 

 さて、会計を終え、袋詰めの台に移動したあとのこと。不注意にも、手からあぶりチキンのパックがするりと滑り抜け、床に落っことしてしまったのです。スローモーションで落ちていくあぶりチキン。透明のパックはパッカリと下向きに口を開けて、3つのチキンがペタリと床にくっつきました。手羽元だったか、手羽先だったかも覚えていませんが、タイルの床がその脂でテカっていました。ショックで大きなため息。横を通り過ぎたお客さんの視線も感じました。

 

 しゃがんでチキンをつまみ上げようとしたそのとき、ひとりの店員さんが駆け寄ってきました。その人は私より先にチキンをパックに戻しながら「お取り替えいたしましょうか」と言いました。見ると私よりもひと回りくらい若そうな女性で、伏し目がちで声の小さいシャイな感じの店員さん。私は予期せぬ救いに驚いて「え、あ、や、私が落としたんで…(でも嬉しい…)」と返事をしました。「お取り替えいたします」と今度は言い切って、「お待ちください」と惣菜コーナーへと消えて行きました。

 

 袋詰めの台から少し離れ、しょんぼりしばらく待っていましたが、店員さんはなかなか戻ってきません。ちらりと棚の向こう側の惣菜コーナーに目をやると、落ちたあぶりチキンのパックを持ったままキョロキョロ商品を探し回っている一生懸命な店員さんの姿がありました。申し訳ないなぁ。

 と、そこでハッと思い出しました。あのあぶりチキンは最後の1パックだったことを。慌てて店員さんを追いかけます。惣菜コーナに着くと、もうひとり、シャワーキャップみたいな白い帽子をかぶった惣菜担当であろう男性店員がいて、唐揚げなどが並ぶ台の前で先ほどの女性店員の相手をしていました。

 「あの、それ最後の1パックだったんです」と私が割り込むと、男性店員が「あぁ、じゃあしょうがないなぁ」と言いました。女性店員がたどたどしく「じゃあこれは…」と手に持つチキンを見せると男性は「捨てるっきゃないね」と。「あの、私が落としたんでもう大丈夫です…」と本当に諦めた私が言うのですが、彼女はこちらを見ることなく「返品…してもいいですか」と小さな声で食い下がります。まるで、このお客さんに絶対辛い思いはさせないぞというような気概を彼女から勝手に感じてしまい、密かに感動しました。そのあとサービスカウンターに移動し、彼女自身の手によってクレジットカードの払い戻しをしてくれました。よりによってクレジット払い。現金より手間がかかるんだよな。心の中で、ごめんね、ありがとうを繰り返しながら、そっと彼女の名札を確認します。〇〇さんていうのか。カードとレシートを受け取り、「ご親切にどうもありがとうございました」と、こちらもシャイな私なりにありったけの気持ちを込めて感謝を述べ、店を出ました。とうもろこしだけ持って。

 

 落とした自分が何より情けないけど、親切にされて嬉しかった。私もレジ打ちアルバイトをしている身だけど、自分だったらあんなに親切に出来たかな。お客さんより先にチキン拾えたかな…。

 〇〇さんに幸あれ、と願いながら歩く雨の帰り道なのでした。



木版画『ひととき わけあう』2019年