2023/08/18 15:33
夜、湯船に浸かりながら歯磨きをしていた。目をつむるとふと、ユキちゃんのことを思い出した。
大学3年の夏休みに短期語学留学で1ヶ月ほどフィリピンのネグロス島に行った。参加者は同じ大学の学生十数名。
バコロドの大学で英語の授業もあるにはあったが、大枠は異文化交流だった。
ホームステイ、夜の屋台、貧困の村や小学校も訪ね、結局そちらのほうが記憶に残った。
ユキちゃんはその参加者のひとりで、寮の二人部屋で同室になった女の子である。
たしか唯一の1年生だったんじゃないか。
初日、部屋割りの際、二人組に分かれるよう指示がある。
皆いつの間に心を通わせていたのか、周りで次々ペアが組まれていった。
残った私とユキちゃんが、「じゃあ」と顔を見合わせ最後のペアとなった。
ユキちゃんはまったく擦れていない純真で好奇心旺盛な、よく笑う女の子だった。
なんていうかジブリ映画から飛び出してきたような女の子だった。
いつも首を傾げ、なんでも不思議がった。
ピンク色の縁メガネは大抵顔の真ん中あたりまでずり下がっていた。
そのユキちゃんだが、どういうわけか夜歯磨きをするとそのまま、歯ブラシを咥えたまま、寝てしまうのである。
ベッドに座って磨き出したかと思うと、次の瞬間ふんぞり返って音もなく寝ているのである。
最初の夜は何が起きたことかとギョッとした。
力の抜けきった寝顔のユキちゃんは肩を揺すってもすぐには目を覚まさない。眠りは深いのだ。
ほぼ毎晩のことで、歯磨き粉に変な薬でも入ってるんじゃないかと。
私はだんだん起こすのが面倒くさくなってくる。ブラシだけ取り上げてしばらく寝かせておく。
が、やっぱり気になって最後は肩を揺すり声をかける。ユキちゃん、寝ちゃってるよ!
あれからちょうど20年。ユキちゃんは今どこに居てどんな女性になっているだろうか。
ユキちゃん、元気ですか。私も眠いです。