2023/12/31 18:31

春に熊本を個展で訪れた際、芦北町の御立岬という半島へ、八代在住の友人が車で連れて行ってくれた。

海を見渡せる丘の中腹でお昼ごはん。木陰にシートを敷き、来る途中に立ち寄った道の駅で買った惣菜を分け合う。

コンパクトな卓上ガスコンロと水でコーヒーまで用意してくれた。外国に旅行に来たみたいで幸せな気持ちになった。


食後の甘いものに、よもぎ餅。これも道の駅で買ったもの。

おしゃべりしながら、ずっしりした若草色の餅をひとくち、ふたくち食べたところでそれは起こった。

何か黒っぽいかたまりが私と友人の間を通り抜けた、かどうかも分からないくらいの一瞬の出来事。

自分の右手を見て目が点になった。餅を掴んでいた手はそのままに、餅だけがそっくり消えていた。マジックのように。


そう、トンビである。遠い上空を旋回していたのは知っていた。お弁当食べながら気をつけてはいたのだが、コーヒーをいただく頃にはすっかり気が緩んでいた。背後から狙われた。

トンビは、ビュンッというより、ズボッという音を立てて、光の速さで餅を掴み去っていった。私の右頬に小さな傷までつけて。


ジンジンする頬に触れてみると指に血がついて、驚きと怖さと、なんかもう笑い泣きというか悔し泣きというか、実際に泣きはしなかったが幼い子供みたいに泣きじゃくりたいような思いだった。

うわーん、頬っぺたが痛い!

うわーん、わたしのよもぎ餅!


ボールペンで書いた線みたいな、2、3センチの傷に、そのあとの温泉の湯がしみた。ちょうどいい消毒になった。

よもぎ餅の美味しさがあのトンビに分かるだろうか、丸呑みでのどを詰まらせていないだろうか。

海と空と新緑と、トンビとわたしのよもぎ餅。

いつか版画にしてみたい。



今年もありがとうございました。

みなさま、どうぞよいお年を。