2024/06/11 11:23
近所に見つけたタイ料理店。
寂れた外観からそれまで足を踏み入れづらかったのだが、ある日の昼どき思い切って扉を開けてみた。
中は意外と広く、客は私ひとりだった。店員はタイ人らしきおばちゃんひとりきりで、「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。
薄明るい蛍光灯と取ってつけたような装飾に場末感が漂っていた。昔は喫茶店かスナックだったのかもしれない。
運ばれてきたカオマンガイセットが美味しかったのですぐにこの店が気に入った。また来ようと思った。
会計を済ませ、ごちそうさまでしたと出口に向かう帰り際、予期せず「コップンカー」と声をかけられた。
コップンカー。タイ語でありがとう。
振り返ると私を見送るおばちゃんが微笑んで軽くお辞儀をしていた。
私はへへへと照れて頭を下げた。嬉しかった。
道路に出て歩き始めながらすぐに反芻した。コップンカー。
聞いた途端にモヤが晴れていくような言葉だなと思った。おどけたリズムの、コップンカー。
美味しかった料理よりも、店内の装飾よりも、たったそのひとことに何より異国を感じられた。
その日の私にコップンカーは不思議とよく効いた。
後日、再訪した。同じおばちゃんが迎えてくれた。先客がひとりいて間もなく出ていった。
今度はガパオにした。めずらしく全然辛くないガパオ。テーブルにある何らかの調味料をかけて食べた。美味しかった。
完食して一息つくと、タイ風に設えられた神棚に目がとまった。白い液体の入ったグラスとバナナが供えられている。
牛乳、いや、ココナツミルクだろうか。会計のときに聞いてみた。
グラスの中身は牛乳であった。牛乳とバナナ、そしてその後ろにヤクルトもあるらしい。ヤクルトは欠かせないという。
へぇ~と驚いて、向こうでは当たり前のことなんですかと聞くと、曖昧にうなずくので正確にはわからない。
「神様が、飲みます」とおばちゃんは言った。
帰り際、再び「コップンカー」をいただいた。もう旅気分だ。
異国の言葉にはえも言われぬ力がある。魅力がある。あの優しげなおばちゃんが言うのがまた良いのであろう。
次は何を食べようか。夏になったらまた行こう。