2024/06/22 11:40
大学一年の頃、焼肉屋でバイトをしていた。
キッチンとホール、バイトはそのいずれかの担当に分かれていて、私はホールだった。
本当はお客さんと直接関わることのないキッチンが良かったが、手のアトピーに水回りの仕事は不向きだろうとホールを希望して採用された。ホールはホールで洗い物したりドリンク作ったりで結局手は荒れたけど。
店内に炭を燃す窯があり、炎の中、黒い炭がだんだん透き通るようにオレンジ色に発光していく様がきれいだった。
それをトングでつかみ、いくつか七輪に詰め、各テーブルに運んだ。
客が入れ替わるごとに七輪を運んだ。それだけで大汗をかいた。とてもじゃないが今なら一日ももたない。
閉店後の店内ではバイト仲間とよく焼肉をした。
仕事にも慣れた頃、ホールのバイトにMちゃんという女の子が入ってきた。
私が働き出すもっと以前に一度そこで働いていて、辞めてしばらくしてまた戻ってきたのだったか。
同じ中学の同級生だったので驚いた。Mちゃんは綺麗な顔立ちの髪の長い女の子。
学校でも目立っていた。超短いスカートと長い足にルーズソックスがよく似合っていた。
クラスも違って、当時接点などまるでなかった。
数年振りに見るMちゃんは相変わらずきらめいていた。
堂々として社交的で、歯に衣着せぬ物言いでよく笑う気持ちの良い人だった。
一見全くタイプの違うMちゃんだったが妙にうまが合って仲良くなった。何度か二人で遊びに行ったりもした。
そんなMちゃんとの、今でもときおり思い出す、ある日の開店準備中のひとこまがある。
ホールにはMちゃんと私と、そして奥のドリンクカウンターに社員の男性がひとりいた。副店長だ。
私はこの副店長が苦手だった。
Mちゃんと私はお喋りしながら入り口付近のテーブルをそれぞれセッティングしていた。
何気なく近づいてきたMちゃんから、はいっと飴をひとつ手渡された。レジ横に置いてあるミントの飴だった。
気づけばMちゃんはすでに飴を舐めている。
え、いいの? バイト中に飴舐めて?
っていう顔で受け取ると、大丈夫大丈夫バレないよとMちゃんは無邪気に笑った。
困ったな。一瞬迷った。でもここで舐めないのはカッコ悪い、と思った私。袋をやぶって飴を口に入れた。
小心者の私はそれだけでドキドキした。
バレないよう口の中でなるべく飴を転がさずにいたのに、カウンターの前を通り過ぎると副店長に呼び止められた。
「おい、保立。舐めるな」
冷めた目でひとこと注意された。私だけ。
あぁ、、、恥ずかしい。
そして悔しい。舐めるな、はもちろん「飴を」の意味であるのだが、「俺を」ナメるな、であったのかと錯覚させるようなその言いっぷりに、私は無駄に腹が立った。飴は噛み砕いた。
臆病者がルールを破るとこのザマだ。すぐにバレる。
Mちゃんは何も言われなかったが、そもそもMちゃんは恐れていなかったと思う。ルールを、大人を、先生を。
人にはタイプってものがある。
今となっては、開店前の店内で飴を舐めるくらいは許されることのように思えるけど。
ともかく、自分の意思で決める。自分はどうしたいのかで決める。というのが実に大切だ。
と思わせてくれる、取るに足らない、でも私にとっては印象深い出来事のひとつである。