2026/08/17 17:31

秋に再び絵本原画展の予定。

他の仕事で制作した版画なども展示販売するので、それらのシートにサインやエディション、タイトルを入れる作業をこのところしている。

少し時間が経ってからこうして作品を見返していると、意外なことに気づく。

版画なので同じ作品をいっときに複数枚作ることができる。当時、それこそ彫り具合、摺り具合にこだわりぬいて、目を皿のようにして納得いくまで何枚も摺って、やっとの思いで「コレなら」というのを摺りあげていたはずのものが、今見るとどのシートも大差がない。

言われてみればほんの少し、というものもたしかにあるが、納品した一枚と見比べて遜色がないことがほとんど。

しぶとくこだわったあのときどきの労力って一体何なんだったんだろうかと。


制作中というのは果たして、目の前の作品に対する解像度が鬼のように上がっていくのではないか。良くも悪くも。

例えば雑誌「山と溪谷」の目次絵を担当していたころ。

毎月依頼を受け、下絵案が通り、ひとたび彫りと摺りの作業に入ると、ものすごく集中していく。プライドもプレッシャーもある。

自分にとっての完成度を少しでも、より高くするための一点集中。

線の太さ、強弱、摺りのかすれ具合、版のズレ具合、余白のヨゴレ、色の明暗、彩度などが、気になっちゃって気になっちゃって。

細部にこだわることこそが面白い、そこに意味がある、とも思うし。

摺りの終盤になってくると全体像を見渡すことなんてもう出来ていないんじゃないかな。性格的なものなのか。

版画を始めたばかりの頃はそんなこと全然なかったのに。


一年経ったお茶屋のバイトでも同じ。お店にとって、自分にとって、よりよい状態を求めてやっているつもりの細かなこだわりが、あとあと振り返ったとき実は大した違いを生まなかったな、なんてことが少なからずありそう。

俯瞰するって、むずかしい。

裏を返せば、楽しくて大切な一点集中の場所に、いまやこの店もなっている。そういうことだな、と思う。


こだわりはそう簡単に失くならない。でも作品の完成度に大差がないっていうことに気づけたことは大きな収穫。

なんだか意味の通らない話だけど。

そのぶん少し、肩の力を抜いて制作できる場面も増えてきた。集中して作業しっぱなしというのは腰に悪いし。

そもそも集中力自体、衰えてきた。


今朝、久しぶりの散歩に出たところ、途中で一羽のカラスの間の抜けた鳴き声が「ハナ」に聞こえた気がした。

あれっと思って次を待つとたしかに「ハナ、ハナ」と言っているように聞こえる。

ところがよくよく聞いていると、それがだんだん「バカ」にも聞こえてくる。

「ハナ、バカ」って。笑っちゃったよ。

バカじゃないのよ、カラスくん。

一生懸命ってことなのよ。